昨日、今日で実施されている大学入試センター試験。
今年の受験生は最後の「ゆとり世代」とか。
来年からは新課程対応の受験生制度になるようで、今年の受験生は浪人できない焦りがあるようだ。
この国の教育は何を目的に行われているのだろうか?
教育は将来の国の繁栄の礎になるはずだ。
その為、教育は国民の義務であろう。
義務を課している国が教育方法についてわかっていない。
その犠牲を被っているのは「ゆとり世代」に生きてきた子供たちであり、我々全国民であろう。
考えれば、「ゆとり教育」は国を上げた実験である。
ゆとりある教育や子どもへの接し方が、どのような人間を形成するのか?
この実験はまだ終わっていない。
ゆとり教育で育ってきた世代が大人になり社会の中心となった時に、日本がどのようになるか?
その結果を見て、実験は終了する。
ゆとり世代初期世代は社会に出始めている。
ゆとり世代が社会に出始めたらどうなるか?
ゆとり世代が社会や企業の中心となったらどうなるか?
結果が明確に出るのは、数十年後であろう。
こんな事を書いているが、企業は国とは関係のない教育プログラムにより人材育成するはずだ。
いつでもそうだが、
国より企業のが一枚も二枚も上手である。
失われた20年。
狭間世代。
ゆとり世代。
この国には失われた時代・世代が幾つも存在する。
実はそれを作り上げているのは日本国そのものかもしれない。
自分自分を失わない為にも、国に頼らず「個」で戦う必要があろう。
「個」の力が今後の日本を支えるはずだ。
一昔前の「国」と「個」の関係性は完全に崩壊している。
ゆとり世代も他の世代と比較して教育量が少ないであろう。
その分、他の世代に負けてられるかと言う反骨心を持たなければならない。
その反骨心こそが今後の日本を支えるはずだ。
頑張れ「ゆとり世代」!!