先日、とある会合で20代中盤の女性がいて、人生に絶望中…と凹んでいた。
話を聞けば、転職したものの、その職場が良くないらしい。
安心して絶望できる人生を!どん底だからこそ考えられる事がある!
絶望話を聞いて、私の頭の中では「安心して絶望できる人生」という言葉が思いついた。
とある本のタイトルだ。
【新・安心して絶望できる人生 「当事者研究」という世界 https://amzn.to/3xQOVe4 @amazonより】
私はこの言葉を、そして、この本の存在を知ってはいるものの、実は本を読んだことはない。
アマゾンによると本の内容は以下の通り。
北海道にある浦河べてるの家。統合失調症などを抱える人たちが暮らす共同体だ。最近べてるの家では、自分の病気を自分で研究する「当事者研究」が盛ん。「幻聴さん」と一緒に暮らし思いが極まれば「爆発」する。そんな自分を「研究」してみると、いつもの苦労や絶望のお蔭で、何だか自分の助け方がわかるように思えるから不思議だね。弱いから虚しいから、絶望の裏返しの希望を見晴かせる。逆転の人生哲学の「爆発」だ。
安心して絶望できる人生 (生活人新書)
なぜ私がこの本のタイトルだけを知っているかと言えば、北海道北見市の女子カーリングチーム、ロコソラーレのメンバーである吉田知那美選手の座右の銘だからだ。
ロコソラーレは2018年の平昌冬季オリンピックで銅メダルを獲得し、競技と共にその愛くるしいルックスやモグモグタイムで人気になったのだが、私はその中でも吉田知那美選手のファンである。
そんな彼女の座右の銘なので、絶望と聞いて「安心して絶望できる人生」という言葉が出てきたのだが、ファンだからという事以上に、とてもインパクトのある言葉だと思う。
「7歳から始めたカーリング。妹もカーリング選手だったが、自分が強くなりオリンピック選手になることしか考えられなかったゆえに、家族を思いやれず、姉と大げんか。ついには家族崩壊となってしまった。そんな時に幼なじみの内田梓さんが、大学のゼミの先生である向谷地さんの本からのことば『安心して絶望できる人生』と書かれた絵はがきを家族にプレゼントしてくれた。そのことばに出合い、涙があふれた」
https://xn--pckuay0l6a7c1910dfvzb.com/?p=21394
自分のせいで家族が壊れてしまったと嘆いていた吉田選手だったが、このことばに出合って、立ち止まり、どん底で考え、周りの人の思いに気づいた。そして、絶望している自分を自分自身が受け入れられた時に人生を肯定できたのだという。絶望から安心を得、その先にあのオリンピックでの勝利があったのだという。
誰しも絶望など味わいたくない。
誰しも絶望を安心できる訳ない。
それでも、安心して絶望できる人生というのは、絶望だからこそ分かる事や見える事、得られる事があり、絶望だからと言って全てが終わりではなく、前を向いて歩いて行ける材料が見つかりやすいのかもしれない。
もちろん、そうした自己分析ができる己が必要であるだろうし、周りの人間関係も大切になってくるだろう。
先日私が会った女性も、絶望していると本人が言うものの、正直言って傍から見ていると大した話じゃないなぁと思ったのだが、彼女にしてみれば一大事。
それでも、彼女は次のステップについて既に行動していた。
絶望から生まれた行動力であり、絶望していた彼女を見ると、「安心して絶望できる人生」という言葉の意味を私自身も実感できたように感じる。
人生、楽しい事ばかりではない。
悲しい事や寂しい事があるからこそ人生だと思うし、そうした思いを糧にする事で更に人生が楽しくなっていくと思う。
考えてみればオフショア積立投資でも同じことが言えると思う。
相場が凹んでいると絶望感を味わうかもしれないが、凹んでいる時こそファンドが安く購入でき、大きな仕込みができる。
そして、相場が上昇していった時に時価総額が増えていく。
絶望相場の時にも安心していればいいのだ。
「安心して絶望できる人生」、この言葉の意味は深い。
⇒ ご質問はこちらから。
コメント