遺書と遺言、その違いは分かりますか?
冷静になって考えれば分かると思うが、言葉の違いを理解するよりも遺された人が苦労しないように遺産相続について考えておくべきと思う。
遺言書を残しておくのも重要だが、その前に遺産相続をどうするかを考えるべきである!
先日、ツイッターを何となく眺めていたら、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんのツイートが目に入ってきた。
一瞬、ん!?と思ったが、冷静になって考えてみれば難しくはないと思う。
遺書は亡くなる事を前提に(亡くなる直前に書く事が多い?)家族などに対して書かれる自分の気持ちをまとめたものである。
自殺があると、遺書の存在がクローズアップされる。
英語で書くと「letter」「note」となる。
一方の遺言は(直ぐに)亡くなる事を前提にしている訳ではない。
もちろん、人間誰しも亡くなる訳で、もしもの時に自分の資産を自分の意志で家族などに分ける方法を残すものである。
英語で書くと「will」となる。
正に「意思」である。
両親に遺言を残してほしいと考えている人は多いと思うが、遺言は直ぐに亡くなる事をイメージしているものではないので、日本では「親に死んでほしいのか?」「親の遺産狙いか?」となり、なかなか親子間で遺言の話をするのは難しい。
それなら、やはり親の側で書いておくべきと思う。
可愛い子供たちが相続争いでギスギスする姿など想像したくもないはずだ。
遺書・遺言の言葉の違いを把握するよりも、自分が亡くなった後に遺された子供達が仲違いになってしまわないようにする事を考えなくてはならない。
その為に法定要件を満たすように遺言を残さなくてはならないが、更にそれ以上に重要なのは、どのように資産を遺すかだと思う。
いくら遺言を法的効力があるように書いたところで、日本の相続税法からいけば最大55%も相続税で国に持っていかれる事になる。
そんなに持っていかれては悲しい話である。
それだけの相続税を取られるのであれば、できるだけ資産を多く遺す=増やしておく事と、できるだけ相続税を取られないようなシステムを構築しておく事だと思う。
こうした話を聞いて、日本の税理士さんに聞いても限界がある。
資産を遺す=増やすという意味では日本の金融環境では無理難題であるし、満足するような相続対応の金融商品もない。
相続税の高さから三代目には資産が遺らないようになっている。
海外に視野を向け、海外を活用する事で一筋の光が見えてくる事だろう。
若い世代になればなるほどグローバル化が叫ばれている。
お金・資産・相続に関してもグローバルな視点を持って若い世代に繋いでいく事を考えると、見方が変わってくると思う。
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